ここでは当研究室での研究テーマを紹介します。
二次元の三角格子の上に反強磁性スピンを並べるとどうなるか?
一見すごく簡単そうに聞こえるこの質問ですが、実は凝縮物理学における長年の問題の一つです。その原因は三角格子における幾何学的フラストレーションにあります。 幾何学的フラストレーションの効果は下の図にあるように、反強磁性イジングスピンを考えると一番わかりやすいです。 下図(a)のように四角格子ならば何の問題もなく反強磁性スピンを並べることができますが、三角格子(b)やカゴメ格子(c)の場合にはそうはいきません。 実際、イジングスピンの場合には三角形のいづれかの辺が反対向きになれない組み合わせが無数に存在して、絶対零度まで秩序しないことが理論的に知られています。
これを量子力学的ハイゼンベルグスピンにあてはめ、絶対零度まで秩序化しない量子スピン液体が存在すると指摘したのがP.W. Andersonです。下の図の色で塗った部分で示すように、各サイトのスピンはシングレットスピン を形成して、複数の空間的にランダムなパターンが量子力学的に重なりあうことで秩序状態よりもエネルギーが下がることを指摘しました。この状態はResonating-valence-bond (RVB) stateと呼ばれ、高温超伝導のメカニズムの候補としても有名です。 このように、量子揺らぎによって絶対零度まで秩序化しないスピン状態は量子スピン液体状態(Quantum spin liquids)と呼ばれ、AndersonのRVB状態もQSLの一つです。 ただ、二次元三角格子におけるハイゼンベルグ模型の場合には120度構造と呼ばれる長距離秩序が実現することがその後の理論計算によって示されています。しかし、より揺らぎの強いMott転移近傍やカゴメ格子の場合に量子スピン液体状態が実現する可能性が理論的に指摘されています。
こうした二次元における量子スピン液体の研究は長らく理論的なものだけだったのですが、近年の物質開発の進展によって実験的に到達可能な低温まで磁気秩序が見つからない物質群が見つかってきています。